「あの、教えてくれてありがとうございました」
「いいよ、別に。俺もいい復習になったし」
「……そうですか」
んぐっ、と喉が詰まる。
あたしはとぼとぼと、
先輩の白シャツを後ろから追うことしかできなかった。
いつの間にか、5歩分くらい差ができてしまう。
横断歩道を渡り終えると、遠ざかる車のエンジン音にミーンと鳴くセミの声が混ざった。
「何だよ」
あたしの刺すような視線に気がついたのか、
先輩は立ち止まり、ゆっくりと振り返る。
「……別に何でもないです」
彼に追いついたあたしは、下を向きそうつぶやくことしかできなかった。
「ふーん?」
そのまま歩き続けて先輩を追い抜くと、彼はあたしのすぐ後ろをついてきた。
石段を下り終え、石畳の道に入る。
近所の人がこまめに水を撒いているようで、ひんやりとした空気が漂っていた。
「…………」
うごごごごとブラックホールのようなものが再び心の中で渦を巻く。
再テスト合格のこと、もっと喜んでもらいたかった。
夏休みも先輩に会えたらなと思っていた。
すぐ近くに先輩がいる。いつもの香りがする。足音が聞こえる。長めの影があたしを包む。
先輩のことに対してだけ、感覚が研ぎ澄まされていくよう。
またその手に、腕に、体に触れたい。
ぎゅっとまた抱きしめてもらいたい。
――って、オイッ。
何考えているんだ自分! ストップザ妄想!
うわぁ。頭の中がワガママし放題だ。
ブラックホールの引力やばい。まじ底なし沼状態!

