『…待てよ!』
改札口を通り、階段を降りる、その最中にようやく彼女に追いついた。
俺は彼女の細い腕を掴み、強引に俺の方に振り向かせた。
その勢いで、彼女は俺の方に振り返り、そして目が合った。
でも、彼女はすぐに俯いた。
『……離して…』
彼女の心細い声で呟かれた、その言葉。
でも俺は彼女の腕を掴む、その手の力を緩めなかった。
『…離して…!』
そんな俺に、彼女の口調は強いものに変わっていく。
『…離してってば…!』
彼女はそう言って、力いっぱい腕を振り払おうとした。
でも男の力に敵うはずなんかない。
『…なんなの……どうでもいい奴なんかにかまってる時間なんかないでしょ…!?』
…そうだよ。
俺はどうでもいい奴なんかに貴重な俺の時間を割いたりしねぇよ。
でも、なんか、お前には言いたいことがあって、なんかそれを言わないとダメな気がして。
『……離して……』
『…離してほしいなら、俺を見ろよ』
自分でも驚くほど、低い声だった。
そんな俺の声に、彼女は顔を俯いた。
『離してほしいんだろ?』
俺のその言葉にも、彼女は顔をあげようとしない。
『…お前なんか、俺のこと、何も知らないくせに』
俺がそう呟くと、彼女は顔を上げた。
『他の女は俺に振り返るし、追いかけてくる。
俺がキスすれば喜ぶし、俺が話かければどんな女だって笑うのに…
なんでお前は他の奴と違うことをすんだよ!』
なんで、他の奴と違うことをすんだよ…
他の奴らと違うことをされると、“なんで”と俺が振り返ってしまう。
“どうして”と好きでもない奴なのに考えてしまう。
頼むから、みんなと同じことをしてくれよ。
『……違う……違うからだよ…』
俺は彼女の大粒の涙が溢れる、その目を見つめた。
『…遊びのキスで喜べるほど、私は強くないから…。
適当にその場をやり過ごすだけの会話なんて寂しいからだよ…』
彼女はそう言って、両方の目から大きな涙を流した。
『…なに…言ってんの…?』
いつも背筋を伸ばして歩く、そんな姿の彼女はどこにもいなかった。
ただ、俺の腕から解放されようと必死になる彼女の姿しかなかった。
『…まだ分からないの?
たくさんの女の子とそうしてきたでしょ?
だったら…私の気持ちも分かってよ……』
その涙の意味が俺には分からなかった。
でも、彼女の涙に、その意味を知りたいと思ってしまった。
だから、つい力が緩んで、彼女はその一瞬を見逃さなかったんだと思う。
彼女は再び、背を向け、そして走り出した。