その後の生活は前よりもずっと楽しかった。

ちはるちゃんを中心に、黒姫と拓也が3人で馬鹿をやる。

それを見て何度も笑いが起こる。

他の人達は野次を飛ばしたり笑い転げたり、前よりも愉快な空気が拡がっていた。

私もくだらないと言いながらも、しっかり笑っていた。

しかし授業になると先生の話を聞き、積極的に発表や質問を繰り返す。

けじめが出来る素晴らしいクラスだと、校長先生にはやし立てられ照れる野口先生を馬鹿にするのが日課になり始めたある日。

ちはるちゃんが怪我をしてしまった。

体育の長距離走で脚を捻り、保健室に皆で運んだ。

1度体育は止め、クラスメイト全員保健室で心配そうにちはるちゃんを見ている。

私の彼氏である魁斗だって、親友の黒姫だって、ちはるちゃんの肩に手を置き周りなど見向きもしない。

嫌な予感。

だが、元々2人は私のモノでは無いのだ。

そう自分に言い聞かせ、ちはるちゃんに近寄る。

「ちはるちゃん、大丈夫???」

すると急に涙を零し私に抱きついて来た。

嗚咽を漏らし私の胸に顔を埋めている。

周りから嫉妬の目が向けられた。

クラスメイトが依存しているちはるちゃん。

3週間程経ったとは思えぬ仲の良さ。

最初からこのクラスに居たのではないか。

そして、私が新しく入って来たのではないか。

ネガティブな方向へ行きそうな私自身を消すようにちはるちゃんの髪を撫でた。

甘い金木犀の香り。

これは確かに私のと同じ香りだ。

胸の奥に何かが突っかかったかのように気分が悪くなる。

このシャンプーは、とあるドラッグストアで期間限定に売っていた物だ。

ちはるちゃんは、それを本当に買ったのか???

疑う要素は無いが、何故か嫌な予感しか無い。

背筋が凍ると共に、風呂場での視線を思い出した。

最近また、ちはるちゃんがA組に来てからというものずっとその視線を感じる。

それは悪化し、ベッドで寝ている時も稀に感じてしまう。

それ故、寝れない事も多々あった。

ちはるちゃんへの疑心が募る。

「ちはる、大丈夫???」

「無理すんなよ」

「辛いなら相談乗るよ」

皆が不安そうにちはるちゃんを覗き込むが、誰にも見向きもせず、私の胸で弱々しくかぶりを振った。

「私ね、…勇太に脚を引っ掛けられたの…。」

クラスメイトが一斉に勇太へ視線を巡らせた。

驚愕している勇太を皆で責め始める。

有り得無い。

勇太とちはるちゃんは私の後ろを走っていて、ちはるちゃんが転んだ時勇太は私のすぐ後ろにいた。

ちはるちゃんはその数m後ろ。

矛盾している、勇太に出来る筈が無い。

「皆、待って」

「愛美は優しいから、味方してあげるんだな」

「愛美は黙ってても良いよ、このクラスの癒しだから」

そう言ってくれるのは有り難かったが、どうしても冤罪を解きたかった。

勇太が必死に抵抗しているのを保健の先生を含め責めている。

違う、違う、悪いのは___。

(ちはるちゃん)

目線を下に下げるとちはるちゃんと目が合った。

皆の死角になるように、私にだけとても幸福そうな笑みを見せた。

狂ってる、邪魔人間は排除するのか。

前に勇太はちはるちゃんの陰口をうっかり零していた。

それなのか。

下にいるちはるちゃんを睨み付ける。

一瞬ニヤッと笑い、脳が逃げろと発した瞬間。

唇に何かが振れた。

その柔らかい何かを認識するのに時間は必要無かった。

可愛い顔立ちをしたちはるちゃんが、顔の近くに居る。

嫌悪感が体を埋め尽くした。

今すぐちはるちゃんを突き飛ばしたかったけれど、キツく抱き締められていて体が離れない。

全身の毛穴が逆立った。

「…勇太君、野口先生には私が言っておくから。
後で指導室に来なさい」

「ねえ、皆、勇太は違う、勇太はやってないのだから___」

続きを言おうとしたら唇に先程とは違う柔らかい感触が感じられた。

ちはるちゃんの、指。

「愛美」

相変わらず狂った笑みを浮かべている。
抱き締められている体が汗ばんだ。

「もう1回、シて欲しいの?
___キスを」

ちはるちゃんは天使なのか悪魔なのか。

天使の皮を被った悪魔か。

はたまた、悪魔の心を持つ天使か。

恐怖で視界が歪んだ。