「ただいま~」

「あらあなた、おかえりなさい。
早いのね」

「おかえりなさいお父さん」

普段23時近くになるお父さんが、今日は19時に帰って来た。

余りにも早過ぎ無いか?

「ただいま、紀子、愛美」

お父さんは毎回帰って来たら私達の頬にキスをする。

これが正常ではなく異常だと解っているが、お父さんにやめてと言っても聞く耳を持たずずっとキスをやめない。

最近はもう諦めかけていた。

「今日は薔薇を買って来たぞ」

「まあ、綺麗。良い香りだわ~…。」

うっとりとした表情の母に薔薇が似合い過ぎて思わず見入ってしまった。

母親譲りではなく父親譲りのこの顔を恨めしく思う。

お父さんも顔は悪くない、どちらかというとイケメンの部類に入る顔だ。

私もお母さんのように可愛い顔が良かったが、綺麗と言われる率が高い。

つまり、無表情だと恐れられるのだ。

昔からそれが嫌で、でも余り笑いたくなくて、周りからは孤立していた。

(…私は今の高校に入って良かった。)

改めて、あのハイテンションな奴等に感謝しようと思った。

「お父さん、この薔薇ってシルエットでしょう?」

「おお、流石だな、そうだ」

イケメンの顔をクシャクシャにして微笑み頭を撫でてくれる。

素直に嬉しい。

「あら、ここの部分枯れてるわよ…?」

「お母さん、白薔薇の花言葉は “心からの尊敬”、“無邪気”、“純潔”。
そして枯れているのは、“生涯を誓う”
こんなお父さんが珍しく洒落てるわね」

「っヤダ…お父さん…///」

「へへ…たまにはカッコつけたくて…」

「私も生涯を誓うのはあなただけよ」

子供の前でこういうのはやめてほしい。

2人を知らんぷりして私は脱衣所へ向かった。

服を脱ぎ、風呂場へ足を踏み入れる。

シャワーはすぐにお湯が出る仕組みではなく、最初は冷たいのが出てくる奴だ。

冷気が体を刺し震えてしまう。

やっとシャワーの水がお湯になり、体に当てると心の底から温まった。

ふと、窓の方から視線を感じる。

温まった筈の心が再び凍り付いた。

しばらく固まっていると、猫の鳴き声が聞こえる。

窓へ身を乗り出し、開けてみると下の方に猫がいるのが確認出来た。

「にゃ~…」

「…なんだ、猫か…お前、野良猫か?」

「…」

猫は私の顔をじっと見てくる。

不思議に思い、猫に手を伸ばそうとしたら猫以外の視線を感じた。

確かに、それは人間の視線だ。

「うにゃ…にゃあ~ん」

固まっている私を尻目に、猫は背を向けて闇へ消えていった。

尻尾の先が太く、リボンが結ばれている。

「…飼い猫、か…。」

出しっぱなしのシャワーに気付き、慌てて体にあてがった。

「…今日は、早く寝よう…」

体を洗い、泡を流して浴槽に浸かる。

疲れたのか瞼が重くなり、静かに目を閉じた。