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 「お帰りなさいませ、殿」


 帰宅したのは夜更けにもかかわらず、妻は起きて義清を待っていた。


 義清は決意を胸に秘めたまま、部屋まで進んだ。


 「……お前に話すことがある」


 「はい」


 「私は……、今日を限りに出家する」


 妻の目を見ることができないまま、義清は告げた。


 「は?」


 予想もしない言葉、妻は理解できていないようだ。


 「今まで世話になった」


 「……お酒を召し上がったのですか? 悪い冗談はおやめくださいませ」


 「本気だ」


 「……」


 義清の目が全く笑っていないのを見て、ようやく妻は事の重大さを悟った。


 「この家はどうなさるのですか。お仕事は」


 「家のことは我が弟に頼んでおく。佐藤家の家督は弟に譲る。お前は縁あらば、誰か別の男と再婚し、幸せになるがいい」


 「お気は確かですか?」


 「私は狂っている。狂っているがゆえ、北面武士の職も解かれた」


 「何ですって……!」


 「私はクビになったんだ」


 状況が把握できない妻は、混乱して顔面蒼白になっている。