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 「璋子(たまこ)さま」


 佐藤義清(さとう のりきよ)はついに、愛しい人の名前を口にした。


 身分差もある年上の女。


 しかもこの国で一番高貴な女性であり、「待賢門院(たいけんもんいん)さま」と呼ばなくてはならない。


 気安く「璋子」の名を口にできるのは、白河院亡き今は鳥羽院くらいだろう。


 ……それはともかく。


 想いを遂げた後、義清はなおも璋子を抱きしめ続けた。


 優しくその名を囁き、唇を重ねる。


 だが璋子は、義清の熱い想いには何一つ応えない。


 ただ涙を流し、顔を背けるのみ。


 「もう泣かないでください」


 璋子の両頬を両手で押さえ、再び唇を奪った。


 「愛するがゆえに、力ずくであなたを奪ってしまいました。お許しください」


 当然返ってくる言葉はない。


 「璋子さま」


 見返りを求めて、抱きしめる腕の力を強める。


 「痛い……」


 璋子の涙に濡れた顔が苦痛にゆがんだ。


 「あ、お許しください。愛しさが募るあまり」


 強く抱き過ぎたようだ。


 「あんまりだわ。 どうしてこんなことをしたの……!」


 突然璋子は義清を責めた。