今までの私だったらきっと、



『なんですか、その安いドラマみたいなキザな台詞は。

よくも歯が浮かないものですね』



なんて嫌味を言っていただろう。



でも、今の私は、何も言えない。


ただ黙って先生の腕の中におさまるだけ。



どうして先生の前だと、こんなふうになってしまうんだろう。


今までの私はどこに行ってしまったんだろう。



………そうか。


『今までの私』は、全部演技だったから。


あの私は、実在なんてしていないんだ。



じゃあ、これが、本当の私?


男に抱きしめられただけで、情けないくらい緊張して、どきどきしている、この私が?




「………智恵子」




突然呼ばれて、私はぴくりと肩を震わせてしまった。


先生がくすりと笑う。




「ねえ、俺のこと、ちょっとは意識してくれてる?」



「………い、しき、って………」



「君が付き合ってきた男たちとは違う、特別な存在として」



「…………」




何も答えずにいると、先生は私を抱く腕の力を強めた。




「俺にとって君は、特別だよ。

はじめて、『いとおしい』って思ったんだ。

『抱きしめたい』って。


……ねえ、これって運命だと思わない?」