雫も舞台直前の準備のため、部屋から出ていく。
私と一条君、二人っきりになりなんとなく気まずい空気が流れる。



「一条君、ごめんね…。」
すばやい手つきでメイクを進める彼。



「大丈夫だよ、これくらい。俺も一応化粧品屋の息子だからな。」
慣れた所作であっという間に、元通りのきれいな姿に戻った。



「傷口とかも誤魔化してるだけだから。終わったらちゃんと手当てするぞ。」

「うん!ありがとう!!」




ゆったり立ち上がり、恐る恐る右足にも体重をかけてみる。

しっかり相良君が固定してくれたおかげで、なんとか歩ける。痛くないと言えば嘘になるが、芝居をするには十分すぎる。




「奈々、凛なら大丈夫だ。あいつにできないことは何もないから…、信じて思いっきりやってこい。」

一条君は、悲しそうに笑った。




「一条君…?」
いつも俺様な彼のこんな切なそうな顔は初めて見た気がする。

不安になって、ゆっくりと手を伸ばしてみる。頬に触れると、心なしか冷たい気がする。




一条君は少し驚いたように顔をあげると、ふっと真剣な表情になった。頬にあてた手が一条君に掴まる。

「俺、もう逃げないから…向きあうから…お前を守れる男になる、凛には負けない…。」

「…一条君?」




「坂上さん、準備できた?」
ふと扉があいた。振り返ると、私は思わず息をのんだ。




「さぁ、いこうか…ジュリエット。」そういって手を出す相良君。




天使のようなほほ笑みと絶世の美貌が溢れだす本物の王子様がそこにいた。

樹先輩がこの衣装に袖を通したところも何度も見たけど、そんなの比にならない。

まさに一夜で恋に落ちるのも納得できる「ロミオ」がそこにいた。




私は彼の手にそっと白い指を重ねる。
「はい…参りましょう…ロミオ様」私は愛しいその人を見上げた。