はた、はた、はた、はた……。


日付の変わった病院の廊下に、ナースシューズの音がどこまでも響いている。


今、私とサキが歩いているのは地下一階。田町さんが居るはずの部屋を目指していた。


やがて、「霊安室」と書かれた部屋の前に立った私は、その扉をそっと押し開いた。ギギ、と蝶番が嫌な音をさせる。


線香の白檀の香りと、死者が発する臭いがないまぜになった、この部屋独特の臭気が私を出迎える。


部屋の正面に固定されたストレッチャー式のベッドの横のテーブルには、一枚の紙が無造作に置かれていた。


『田町 久枝(たまち ひさえ)

平成20年7月7日午前10時27分死去

享年82歳』


……そう。今日の朝亡くなった田町さんは、もうこの世界に居ない人なのだ。







……だったら、何故………?








「あ、あの、センパイ。」


考え込む私の後ろから、サキが遠慮がちに声をかけてきた。


「長瀬さんにもう一度報告した方が……?」


長瀬さんというのは、この病院一番のベテラン看護師で、今日この後の時間の夜勤担当だった。


確かに、そろそろ病室を見回る時間だし、ひょっとしたら、私たちより先に田町さんの遺体を見つけているかも知れない。


「………そうね。行きましょう。」


私は、上の階に向かうことにした。


……だけど、その時………。


私は、足元の濡れた箇所に気がついたのだった。





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