イマノソラニン


ステージの上の貴方と目が合うたびに、
心を鷲掴みにされるような気がした。

小さく口ずさむその歌の歌詞が、
貴方と重なれば、
もっとこの歌を大切にできた。

楽しそうに演奏する貴方も、
難しそうな顔をして演奏する貴方も、
機材が壊れてアタフタする貴方も、
機材が直って安心してる貴方も、
どうしようもなく好きだ。

誕生日プレゼントに、と、
持って行ったブランドの些細なもの。
嬉しそうに笑う貴方を見て、
本当に持ってきてよかったと思った。
「このブランド今凄い好きなんだよね。」
そう言って笑った貴方に、
その数倍の好きを私は持ってるよ。
って言いたかったけど。

私はそんなことを伝えていいような、
「女性」じゃない。
私は彼にとって一人の客で、
一人の女じゃない。
そんなことわかってた。

出会い方が違っていても、
きっと私は彼を好きになっていたろうから、
客と、好きなバンドのメンバー、っていう、
今の関係を幾度恨んでもキリがない。

出会い方が違っていれば、
私も頑張れていたかもしれない。

「いれば」「かもしれない」。
あくまでも仮定の話をする私は、
弱虫だ。
本当は、彼を前にして、
私が気持ちを伝えられるはずがない、と思ってる。
それほどの勇気があれば、
立場が今と同じだって、
気持ちくらい伝えられたはずだ。


およそ1ヶ月に一回のペースで、
彼のバンドは私の行ける範囲のライブハウスに来ていた。
31日分の1日。
私が彼と会えるのは、しかも、
客と演者として。
会えるのは、
そんな僅かな1日。

残りの日に彼が何をしているのか、
私には知る由もない。

彼が特別な女性(ヒト)に、
特別な笑顔を見せて、
特別な一面を見せる。

考えただけで、胸が締め付けられた。

彼を、好きだなあ、と思う感触と似ていた。


どんなに自分が、一番、
彼を想っている、と思っていたって、
私は、大勢のうちの一人でしかない。


現実は、見上げた寒空のように、
私の心に深い闇色を落とす。

イヤホンをして、
彼のバンドの曲を聞く。
恋の歌だった。
片想いの歌だった。

前を向き直したはずなのに、
前には何も見えなかった。






〈End〉