現実逃避で、目を閉じた。
目尻から流れた涙が鼓膜を塞ぐ前、男の声を聞いた。
ただし、奇声ではなく、悲鳴。
悲鳴を聞いた瞬間、体にあった重みが消えた。
咳き込みながら、呼吸を整える。
涙で溜まった目をこすればーーナイフで男を刺す、宮本さんがいた。
「や、やめっ!」
手を出し、待ったの意思表示をする男の目玉を貫く。
「あぎっ、た、たすけっ」
目を押さえながら、助けを乞う男の喉元を刺す。
「ひっ、ひゅっ、はっ」
機能しなくなった声帯で、何かを話す男の腹を刺す。
刺して、穴を開け、手近にあった空のペットボトルをねじ込み、かき回す。
喉元にはヒールの折れたパンプスのつま先をねじ込み、目玉には男が持っていたボールペンを。
「……」
それらの行為を、彼は無言でしていた。
黙々と、それこそ仕事の一貫のように、着々と。
言葉をかけるまで、時間がかかった。
あまりにも、逸脱した行為で、かける言葉が見つからなかった。
ゴミの溜めの一員と男が化すまで、彼はこちらを見向きもしなかったがーー私の咳き込みを聞いて、我に返る。
「三葉!」
大丈夫かと、駆け寄る彼。
抱き締める腕からも、私の心配をしていると分かるほどに彼は焦燥していた。
「ごめん、ごめん!俺のせいで、こんなのにっ」
彼のせいじゃない。むしろ、彼が助けてくれなければより最悪の結果になっていた。
「みやもと、さ……」
「どこも怪我は……!こっち見て!」
私の顔に添えられた手こそ、重症だろうに、自分の痛みよりも私の痛みを最優先する彼。
ガムテープが手首に張り付いたままだったが、両腕ともに離れている。電気コード共々切りかけの物を自力で外したため、アザが残っていた。
「三葉っ、みつっ」
彼も、私とお揃いの顔となる。
泣いた。
安堵したんだ。
助かった事実に。


