髪結いに行く時間もないから、花織は、お団子に髪を縛った。

もちろん、あの柘植櫛を使って。


一番星が、虹色になった空に浮かんだ頃。
花織と山崎は前川邸の門の前で待ち合わせをした。


「山崎さん! 遅くなっちゃってごめんなさい!」

山崎は花織よりも前に来ていたようだ。

「ええで。ほな、ぼちぼち行こか。」

「はい!」

人の流れに身をあずけ、歩いていくうちに、見覚えのある河原についた。


「ここならよう見えるなぁ。綺麗やね。」
今、花織の隣には、山崎がいる。
私のためだけに、話してくれている。

これが、どんなに幸せか、どれほどの奇跡なのか。

切ないほどにわかる。

そんな中、山崎は山に向けて手を合わせていた。
「何を思って、手を合わせてたんですか?」
「御先祖様に挨拶と、花織が無事に帰れるようにお願いしてたんや」
お願いごとしてええのかわからへんけど、といたずらに笑みをうかべてかおりを見た。

「山崎さん、ありがとうございます……。」

素敵な人だと、しみじみ思う。

「そういえば、花織と初めて会ったんは、あそこら辺やったなぁ。」

山崎が指を指したのは、屋台などに挟まれた道だ。

「あのとき、目の前に黒い誰かがきて、助けてくれたんですけどそれって山崎さんだったんですね。」

「せやね。」

「すごい確率ですね!」

「運命とちゃう?」

顔が赤くなる。運命の赤い糸とやらがこの人と繋がってたら幸せだと、花織は思った。


「ちょっとあっちの屋台も見てみよか。」
「はい。」
「迷子にならんといてな。」
そう言って差し出されたのは、大好きな人の大きな手のひらだった。
恥ずかしくて思わずうつむきながらも、その手をとった。


こうして、いつまでもついていけたらいいのに。
そんな思いさえ抱いてしまうほどに、彼に夢中になっている。


「これ、花織にあげる。」
山崎が指さしていたのは、鴇色の玉かんざし。
「そんな……! いいんですか?」
「もちろん。」
私は、同じ色のものを探した。
そこで、匂袋を見つけた。
「じゃあ、私はこれを山崎さんにあげます。」
「お互いに忘れられへん夜になりそうやな。」
色々な意味を含んでそうな言い方に、思わずくすっとくる。

「お二人さん。」
お会計をしようとした時、その屋台の店主に声をかけられた。
「お代は要らんよ。
ただし、ずっとお互いのことを思ってること!」
そう言って、おじさんは二人を見送った。