「おはよう」


「おはよう」


「早起きするつもりだったのに、どうして起こしてくれなかったの?」


「霧乃の寝顔を見ていたかったからね」


「ずるい、私も里久ちゃんの寝顔、みたい」


「じゃぁ、僕より早く起きるんだね」


「だって、ここ、気持ちいいんだもん」



霧乃は、体を丸め、僕の懐にすっぽり収まっている。

その背中をぐっと引き寄せた。



「里久ちゃんのお髭、いつそるの?」


「そうだなぁ」


「もうすぐでしょう!」


「どうしてそう思う?」


「ふふっ、いろいろ考えあわせたら、そう思ったの」



近衛HD副社長が進める事業の会合その他、『割烹 筧』 で行われた席に霧乃も若女将としていたのだから、僕らの今後について、彼女に思い当たることは多いはず。

しかし、霧乃はあえて口にしない。

座敷で話されたことが、口外されることがあってはならないのだ。

そうとわかっていながら 「どうしてそう思う?」 などと問いかけるのは、単に霧乃と会話を楽しみたいから。



「『割烹 筧』 の企業秘密?」


「そっ、企業秘密」


「ふぅん……」



首筋に息を吹きかけ、わざと困らせた。



「もぉ、くすぐったい。そんなことしても、絶対教えないから」


「いいよ、言わなくても」


「里久ちゃんの意地悪」



恋人の膨らんだ頬にキスを置く。

休暇は始まったばかり。

何も決まっていない今日のスケジュール帳を少しずつ埋めていこう。

ふたりで過ごす時間はたっぷりある。