ワンルームで御曹司を飼う方法


「真壁さま、申し訳ございません」

 スーツの3人が揃って頭を下げた眼鏡の人に、私は見覚えがあった。

 以前、私の職場に社長がやって来たとき一緒にいた人だ。

 社長が安いワインを作ろうとチリの畑を買い付けた事に苦言を呈していたのを覚えている。彼にそんな事を言える立場なのだから、お付きの中でもかなり偉い人なのだろう。

 眼鏡の人は私の前までまっすぐ歩いてくると恭しく一礼してから名刺を差し出した。

「お初、ではありませんね。何度かお目に掛かってはおりますが、名乗らせて頂くのは初めてです。改めまして、結城がお世話になっております。私、充さまの専属セレクタリーでもあり結城本家のバトラーも努めさせて頂いております、真壁と申します」

「は、はあ」

 社長のお付きの人はみんな礼儀正しくて真面目そうだけれど、この眼鏡さん……真壁さんは、とりわけカチンカチンに硬そうな雰囲気が滲み出ている。いつだって悠々としすぎている社長には、これくらい真面目な人が付いてた方がいいんだろうけど。

 真壁さんはスーツの3人をチラリと見やってから、眼鏡のブリッジを上げつつ私の方に向きなおした。

「うちのものが大変失礼を致しました。宗根さまは充さまがお世話になっているお方ですので丁重に扱うよう指示したのですが、どうやら私の教育が至らなかったようで」

 とても厳しそうな口調は背後で待機している3人へ圧力を掛けてるのだろう、スーツの人たちが一斉に一文字に結んでいる口の端を引きつらせた。

「ち、違うんです!別に失礼があったとかじゃなくって!あの……社長を……」

 私のせいであの人達が叱られては申し訳ない。フォローしようと焦って話し出す。すると。

「半日……と仰られましたよね?」

「え?」

「充さまを半日でいいから休ませたい、と。失礼ながら先ほどの会話は全て、彼らの身に付けているマイクから聞かせて頂いております。充さまに携わる交渉は全て記録しなければなりませんので」

 真壁さんはそう淡々と言ってから再び眼鏡をクイと指で押し上げると、そのレンズの奥からまっすぐ私を見据えた。

 それを聞いて、やっぱりこの人も私のお願いを断りに来たんだと落胆しかけた時。

「今から半日と言いますと明日の昼12時ですね。けれど、明日の商談は香港で正午から。半日の猶予は残念ながらありません。なので、万が一体調が戻らなかった時に治療を行う時間も確保するとして――9時。明日朝9時まででしたら、宗根さまの仰るとおり充さまを『ゆっくり休ませて』さしあげる事が出来ます」

 耳を疑うような言葉が聞こえてきて、私は俯きかけていた顔を勢いよく上げた。