ワンルームで御曹司を飼う方法


「それって……要は仕事に行くまでに無理矢理熱を下げるって事ですよね?なんで風邪で入院まで、って思ってたけど……それって病院に連れてって、解熱剤とか強い薬を使って無理矢理ひと晩で治すって……つまりそういう事なんですよね?」

 こんな風に誰かに向かって食って掛かった事など今まであっただろうか。それも相手は結城コンツェルンの社長秘書だ。私なんかよりずっと頭が良くて、比べものにならないくらい社会経験もあって、私みたいな小市民の言葉など一笑に付されるかも知れない。

 緊張で心臓がドキドキいっている。手にもビッショリと汗を握っている。それでも言わずにはいられなかった。

「結城の医療チームは最先端の治療法を確立しております。充様の身体にご負担が掛かるような事はありません」

「だからって……体調さえ戻せばいいってものじゃないと思います。社長はここ最近忙しくて疲れてたから……ゆっくり休ませてあげちゃ駄目なんですか?いっつも人の倍は働いてるんだから、風邪をひいた時くらいゆっくりお休みさせて元気にしてあげるのって、いけない事ですか?わ、私は……それが1番いいと思います……!」

 あまりに私がしつこく食い下がるから、スーツの人たちの表情がついに曇り始めた。3人が顔を見合わせ、今度は女性の人が口を開く。

「お心遣いはありがたいのですが、今現在、結城食品グループは充様の行動ひとつで何千万という資金が動く状態になっております。それが利益になるか損失になるか、それは明日の充様次第なのです。どうか、彼の立場というものを……何千人といる充様の下で働く従業員たちの事を思いやって、ご理解頂けないでしょうか」

 ……そんなの分かってる。

 彼の代わりは誰にも務まらなくて、彼の仕事がどれほど大きな責任を伴うかなんて。

 でも、頭では理解できても心が納得できない。いつも結城のために心血を注いでる人を、どうしてみんな大切にしてくれないのだろう。

 代わりの無い大切な存在だと言うのなら、どうして人らしい愛情を与えてあげられないんだろう。

 きっと今までもこんな風に機械的に病気を治されてきたのかと思うと、哀しくて切なくて。私は自然に浮かんできてしまった涙を拭うと、掠れた声で訴え続けた。