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「宗根~。今日の晩飯なに?」
仕事から帰った社長はいつものようにシャワーを浴び、Tシャツにイージーパンツというラフな格好で濡れた髪を拭きながら部屋へ戻ってきた。
「今日はちょっと贅沢ですよ。田舎から白菜とネギ送ってもらったんで、奮発してすき焼きにしちゃいました」
「おお!マジか!やった!って、ちゃんと牛肉か?」
「……だから『ちょっと』って言ったじゃないですか。豚肉のすき焼きも案外美味しいんですよ?」
「また未知なる料理に俺を挑戦させたいのか、お前は」
やや不満そうではあるけれど、それでも嬉しそうにコンロの上の鍋を覗き込んでくる社長は、随分と庶民の感覚が身に付いてきたように思う。
たかがすき焼きで喜ぶなんて、ここに来たばかりの頃の彼からは想像もつかない。
……そう言えば、結城社長の勘当が解ける条件ってなんなんだろう。
今さらだけど私の頭にはふとそんな事が過った。だって、社長はここに来てからなんだかんだと少し変わったように思えたから。
確か経営方針の対立が原因で、世の中を知って来いとお爺さんから言われ追い出されたそうだけど……世の中を知る=庶民の生活を知るという事なら、もう彼は充分にクリアしてるような気がする。
……もしかしたらそろそろ勘当が解けて、結城社長は家に帰ってしまうんだろうか。
それは少しだけ寂しいな、などとふと気持ちが沈みかけたとき。
「どした?ぼーっとして。ぼんやりしてないで早く食べようぜ。もう煮えてんだろ?」
「あ、そうですね」
社長に横から顔を覗きこまれハッと我に返った。
ふたりで暮らす事にはすっかり慣れたけど、相変わらずの凛々しい顔にじっと見つめられるとちょっと緊張してしまう。



