ワンルームで御曹司を飼う方法


「戻るって……夜もお仕事ですか?じゃあ、それが終わって帰ってきてからでも――」

 自分の言葉が緊張のせいで早口になっているのが分かる。これから聞かされるだろう返事が怖くて、まるでそれを言わせないかのように。けれど。

「宗根」

 社長はクッションから立ち上がると、私をまっすぐ見つめて近付いて来た。そして、正面に立って言う。聞きたくない言葉を。


「……ここに帰ってくるのは、これが最後だ。今日はそれを言いに来た。あのまま黙ってさよならじゃ、あんまりにも恩知らずだからな」


 ――『やっぱり』。心の奥で、私の落胆する声がする。

 そんな上手くいくはずがなかった。今や結城コンツェルン総会長の片腕となった彼が、ここに帰ってきて再びいっしょに暮らせるなんて――そんなこと、あるはずは無いのに。

 悲しみで立ち尽くしてしまう私に、社長は真剣な表情を少しだけ困ったように崩した。

「ジジイが死んで親父が総会長に就任して、俺ももう前みたいなお気楽な立場じゃなくなっちまったからさ。ニュースでも散々流れてると思うけど、急な世代交代にみまわれた今が結城コンツェルンにとっての正念場だ。親父を支える意味で俺は今、コンツェルン全体の執行役と金融と鉄道グループの会長も兼任してる。ここから新たな信頼を作り盤石の基礎を築きさらに飛躍させるのが、結城の長男である俺の務めで……ジジイの望みなんだ」

 そう最後に結んだ社長は、一瞬切なそうに眉をしかめる。自分が結城を支え率いていく事が、亡くなったお爺さんの最大の望みだと痛いほど自覚しているから。

「今の俺はここで過ごせる時間もなけりゃ、許される立場でもない。けど、勝手に押しかけて、自分の都合で出ていって、宗根には迷惑かけっぱなしだからな。いくらなんでも挨拶ぐらいはしとかねーとって思ってさ。セレクタリーどもがぶーぶー言ったけど、何とか時間作って来てやったんだぜ。感謝しろよ」

 世話になった挨拶に来たのに感謝しろだなんて、相変わらずとんだ上から目線だ。

 『そんなお礼がありますか、何様ですか』と言ってやりたい。そしてふたりでいつもみたいに笑い合えたらいいのに。

 ――なのに私は。


「――っ……、嫌です……。そんなお礼も挨拶いりません……私は、社長にここにいて欲しいんです……」


 涙で詰まる声を必死に絞り出しながら、そんなわがまましか言えなかった。