夢みたいだと、思った。
「ただーいま、宗根っち。遅くなって悪かったな」
まるであの日から何も変わっていないみたいに、玄関のドアを開け余裕綽々な態度で入ってくる姿が、幻に見える。
「社長……」
驚いて立ち竦んだまま目を真ん丸にしてしまえば、社長はそんな私を見て、
「なんだよ、鳩が豆鉄砲食らったような顔して。あ、紅茶飲んでんのか?俺にも淹れてくんない?」
いつもと変わらない楽しそうな笑顔を浮かべて部屋に上がり、いつもと同じようにクッションにどっかりと座った。
そんな見慣れているはずの光景が私には眩しくて。立ち竦んだままいつまでも彼を見つめてしまう。
……嘘みたい。帰ってきてくれた、ちゃんとこの部屋に。
嬉しくて、またも涙が滲んでしまいそうになっていると、社長はそんな私に気付いて眉尻を下げて笑った。
「ただいま。ちゃんと元気にしてたか?」
「……はい……。社長は、少し痩せましたね」
私に優しく微笑みかける顔は、ほんの数週間前より痩せて大人びて見える。
それが、彼がここに帰って来なかった数週間の生活を物語っているようで胸が痛んだ。けれど。
「ちょっと忙しかったからな。それにお前のメシに慣れちゃったせいか、本家や会社で出されるメシが旨く感じなくてさ。鴨や海老なんかよりお前の育てた草の味噌汁の方が旨いって、どうかしてるよなあ」
可笑しそうにケラケラと笑う声が、離れていた間も私を思い出してくれていた事が、嬉しくてこちらも笑顔になってしまう。
私は泣き笑いに顔を綻ばせ、目尻に浮かんでしまった涙を拭うと、キッチンスペースへと足を向けた。
「今、お茶淹れますね。それとも晩ごはんまだならすぐに用意しますよ。社長の好きな自家栽培の野菜たっぷり入れたお味噌汁、すぐ作りますから」
――また社長との生活が始まる。また、いっしょに寝食を共にして暮らせるんだ。
そんな抑え切れない喜びに胸を弾ませてコンロの前に立った私だったけれど。
「あー……、メシはいいや。あんまり時間ないんだ。あと30分したら戻らなくちゃならないから」
少し躊躇い気味に口にした彼の言葉に、私の表情からふっと笑みが消えた。



