――きっと、帰ってくる。
初めはそんな祈りを籠めるように作っていた2人分の食事も、2週間を過ぎた頃から1人分へと戻っていった。
社長と一緒の晩ごはんがいつの間にか当たり前になっていた私は、ひとりぼっちで食べる食事の味気なさになかなか慣れずにいる。
変なの。社長と会う前はこれが普通で、味気ないとは思わなかったのに。
慎ましくささやかな食卓は何も変わらないのに、私の向かいの席で『宗根の作る味噌汁ってみょーに旨いよな』とか『なあ、野菜もいいけどもーちょっと肉増やさねえ?』なんて、上から目線で褒めたり文句言ったりする人がいないだけで、こんなにも寂しく感じてしまう。
「……もっと、お肉増やしてあげれば良かったな。デザートも。週末だけじゃなく、疲れて帰ってきた日は特別にプリンも付けてあげれば良かった」
まだ半分も手を付けていない食事を前にコトリと箸を置き、深く溜息を吐き出す。
今さらそんな事を思ってもしょうがないのに。それに我が家の家計的にはあれが最善で、後悔も反省もすることは無い筈なのに。
それでも……もっと社長を喜ばせてあげたかったと思ってしまう。
もっと、あの人の喜ぶ顔が見たかったと。
「……ごちそうさまでした」
胸が切なくなってしまうと食事はもう喉を通らなくなってしまって、私は残ったお皿にラップをするとそれを冷蔵庫にしまった。
せめて、温かいものでも飲んで気持ちを落ち着けようと思い紅茶を淹れるけど、その香りさえも社長とのやりとりを思い出してしまって。私はグスグスと涙を拭いながら、紅茶をカップに汲んだ。
その時だった。
「……?」
静かな住宅街に独特のエンジン音が聞こえて、私はふと玄関の方を振り向く。
その聞き覚えのある音に、胸が小さく高鳴ったのがわかった。
――……まさかね……。
期待と、信じられない気持ちでギュッと胸を押さえながら玄関を凝視する。
すると、車のエンジン音はアパートの前で止まり、扉の開閉音と数人が降りてくる足音が聞こえた。そして――。
「1時間?」
「申し訳ありませんが金融グループの経営会議が控えております。40分でお願い致します」
「りょーかい」
アパートの薄いドア越しに、飄々とした口調の聞きなれた声が近付いてくるのが分かった。



