オオカミくんと秘密のキス

「沙世ー」


少し離れた所から春子に名前を呼ばれて目を向けると、春子は班から孤立して座りスマホを見ながら私に手を振っていた。

班の女子達がカレー作りに参加させてくれなかったんだな…

かわいそう春子…あとで自由時間に一緒にソフトクリーム食べようね!


私は春子に手を振り返してまたカレー作りに戻った。



カレー食べる時は班の人と一緒でなきゃいけないのかな…?

春子もこっちの班に来ればいいのに…




「沙世」


はい…?



じゃがいもの皮むきに取り掛かった時、近くで誰かに名前を呼ばれた。

春子がいる所にしては近くで聞こえた…それに声が男だったような…?





「沙世」


あ、また…


ふと前に目をやると、足を広げて椅子に座り私をじっと見ている尾神くんと目が合った。




今…尾神くんが私のこと呼んだの?


勘違いだと恥ずかしいので、尾神くんを見ながら自分を指差して見る。尾神くんはひじをつきながらコクリと頷いた。





「えっえ?えー???えーー?」

「何変な声出してんだよ」

「だ、だってだって!」


男子に名前で呼ばれるなんてっ…恥ずかし過ぎる…

顔は真っ赤になり包丁を持つ手が震える。




「沙世っていうんだお前」

「え、は、はい!萩原 沙世です…」


遠足でじゃがいも切ってる時に、なんで自己紹介してんだろ私…しかも敬語だし。





「ふーん…わかった」

「何それ」


何がわかったんだこの人…

本当によくわかんない人。さっきから上げたり下げたりするしさ…


…ん?

ってゆうか…





「尾神くん!なんで座ってんの!?ちゃんと火の番してよ」


一人でくつろいでる場合じゃないよ。




「火の番に3人もいらねえだろ。それに仕事ならちゃんとやってる」


尾神くんは私が剥いた野菜の皮をゴミ袋に捨てる。



それが仕事…?

なんかすっごく楽してない…?



さすがのタラコちゃんも尾神くんには文句言えないのか、仕事してなくても注意しないな…

尾神くん近寄りがたい感じするから、話しかけるのも勇気いるもんね。メガネちゃんや男子達もビビってるし…

私も尾神くんに話しかけられたから話せるだけで、自分からは絶対無理だったと思う…


ってゆうか、男子と私がこんなふう話せるなんて珍しいな…いつもは避けてる方なのに…

しかも尾神くんみたいなモテて人気がある人なんかと…ない!絶対ない。

多分こんな広々とした牧場に来たから、気持ちが浮かれてるだけだ。




「萩原さん。野菜切り終えたら鍋に入れちゃって」

「あ、うん!」


そんなこんなで、私達の班のスパイスの効いたカレーは無事に完成。私は尾神くんからもらったフルーツオレを飲みながらカレーをたいらげた。

班の中でカレーを残す人は誰もいなくて、鍋の中のカレーは空になった。





「あれ…?尾神くんは?」


片付けを終えて班のテーブルに戻ると、尾神くんだけの姿がない。




「さっきまでいたよね?」