雨の音がする中、はっきりと聞こえた。

俺の名前を呼ぶ…沙世の声…




俺はやや俯いていた顔を上げると、びしょびしょに濡れて荷物を抱えた沙世が、向こうから小走りで俺に近づいてきた。







「やっぱりー偶然だね!急な雨でびっくりしたよね…あれ?凌哉くんもどこか行ってたの?すごく濡れてるけど…」

「…」


沙世はいつもと変わりない様子で俺に話しかけ、俺にいつもの笑顔を向けた。






「お前…」

「ん?……あっ!」




ゴトッ…

ボトッ




俺は沙世の腕を引っ張ると、思いっきり沙世を抱きしめた。その拍子で沙世が持っていた荷物は地面に落ちたが、俺はそんなこと気にしなかった。







「あっ…ケーキがぁ!プレゼントが…」

「心配したんだぞ…」

「へ?」


俺の声は震えていた。沙世はわけのわからない様子で、キョトンとしながら俺に抱きしめられている。






「凌哉くん…?」

「…」


沙世はまだ何が何だかわかっていない。俺は沙世からそっと離れた。そして…







ゴンッ…



「いたっーーい!」


沙世の頭に頭突きした。沙世は頭を押さえてうぅ…とうなる。






「なんで電話繋がらねえんだ!この雨の中心配でずっと探してたんだぞっ!!!」


大雨の中、俺は沙世に大声で怒鳴る。





「え!?探してたって!!?私を!!!?」

「おめえ以外誰がいんだよ…」

「いてててて…!」


沙世の頬をびろーんと伸ばしマヌケな顔をしている沙世を見て、改めて安心する。

さっきまでの恐怖は不思議と思うくらい消えて、なんだか嘘みたいだ…







「妃華ちゃんからおつかい頼まれたから、早め早めに行動してたつもりだったんどけど…そんなに待たせちゃったかな…?」

「そういうこと言ってんじゃねえ。この雨の中全然お前と連絡つかないから、心配で駆けずり回ってたんだ!」

「え、嘘…!?」


大粒の雨に打たれながら、傘もささずに話していている俺達。俺はため息ついたあと、地面に転がった沙世の荷物を持ち上げた。







「ひとまず雨宿りするぞ」

「う、うん…」


俺は沙世と近くのアパートの屋根付きの駐輪場に入り、雨をしのいだ。荷物を地面に置いて、濡れた髪を絞るようにかき分ける。





「…っ」


すると、横から手が伸びてきて同時に頬に柔らかいものが当たる。見ると、沙世がハンカチで俺の濡れた頬を拭いていた。

俺はハンカチを持つ沙世の手を握り、俺の頬からそっと離す。






「…先に拭け」

「でも…」

「お前の方が濡れてるだろ」


俺がそう言うと、沙世は少ししょんぼりとして自分の顔を拭いていた。




沙世に冷たくしたいわけじゃないのに…なんでこんな態度取ってるんだろ…

ハンカチで俺の顔を拭いてくれるなんて、むしろ嬉しいのに…






「…凌哉くん」


恐る恐る俺に話しかける沙世は、すごく顔をこわばらせていた。





「あの…ね、昼間出かける時にスマホが充電出来てないことに気づいて…多美子ちゃんの家でしようと思ってたんだけど…すっかり忘れちゃって……」

「…」


沙世は電話が繋がらなかった理由を、俺に1から説明しようとしているようだ。





「わ、忘れてたってゆうのにもわけがあって…!あの…うーんと、えっと…」

「…言いにくそうだな」

「あ、えっと…その………おしゃれをしてて…」

「え?」


おしゃれ?





「春子と多美子ちゃんが私のメイクとかヘアーを何時間もかけてやってくれたの。今日は特別な日だからおしゃれしてってことで…」

「…」


顔を真っ赤にさせる沙世は、いつになくかわいい。そんな顔を見せられたら、この件なんてどうでもよくなりそうだ…






「私のつい夢中になって充電のことすっかり忘れちゃって…あの………ごめんなさいっ!」


必死で俺に何度も謝る沙世。






「本当だよ?嘘じゃないからね?雨でメイクとヘアーも取れちゃったけど、本当にいつもと違う感じにしてもらったんだよ…」


沙世の顔を見れば、嘘なんかついていない事はわかる。それに沙世の性格からして、こんな嘘つくとも思えない。






「…わかったよ、もういいって」


俺は沙世の頭をぽんと撫でる。そして「もういいから」と言って、その後は何も言わなかった。

沙世が無事で良かったと心から思った…

そして…妃華に怒りが込み上げてきた。