早乙女くんはというと。
一子さんが「お父さん」について言ったとき同様の、歪みを見せていた。
「お帰りなさい、二瑚くん」
気が付いていないのか知らないふりをしたのか、女性は笑う。
「……ただいま………」
「中にお父さんいるわよ」
「……わかりました」
「じゃあ、また今度来るわね」
また今度、の部分を強調させた女性は、そのままエレベーターの方へ向かって行った。
コツコツと赤いヒールの高い靴の音を鳴らしながら歩く女性を、早乙女くんは怖い表情で眺めていた。
まるで…憎んでいるかのような……。
「早乙女くん…?」
震える声で聞いてみると、早乙女くんは振り返り、笑った。
その笑顔は、変わらない笑顔だった。
「じゃ、また明日もよろしく。
俺道覚えていないから」
あたしの返事を聞かぬまま、早乙女くんは扉を開け、中へ入ってしまった。
あたしはその場に取り残された。


