緊張やらなにやらであっという間に入学式が終わっていた。
ざわざわと話し声を響かせながら続々と生徒が体育館を後にしている。
なんとなくぼんやりと眺めてしまっていたが、私も早く教室に向かわなくては。
その足で教室に向かっていたはずだったのだが
いつの間にか校舎裏に迷い込んでしまっていた。

あれ…
こっちじゃなかったっけ

こんな小さな学校で迷子になれるのも天性の才能であろう。
しかし、その才能が役に立った事など1度もない。

ふと目線の先に1本だけ群れからはぐれてしまったような不自然な場所に、小振りな桜の木がひっそりと佇み風でゆらゆらとささやかに枝を揺らしている。
群れから独立しているのに目立たず控えめな佇まい。
そんな桜の木がなんだかみじめで可哀想で今の自分と重なって見えた。


惹かれるのは必然。
吸い寄せられるように歩みを進めた。
いや、進めなかった。
ふいに飛び込んできた人影に踏み出そうとした足が宙をさまよい前ではなく後ろに。
どうやら桜の木の下には先客がいたようだ。
私の居る場所からでは顔を確認することは出来ないが後ろから姿を見るかぎり、長身でふわふわと柔らかそうな髪の毛が印象的な男の子だった。


すぐに立ち去ろうとしたが、出来なかった。
目の前の光景から目がそらせない。

彼と桜の木は昔からの恋人みたいに寄り添い、他者を寄せ付けぬ二人だけの時間が流れているようだった。

チクリと刺すような痛みを感じる。
なんでか私は傷ついているようだ。

胸がいたい。

裏切られた気がした。
自分とは違うのだと。
はぐれた桜の木とはぐれた自分とを勝手に重ね合わせていただけなのに。

傲慢――
そんな言葉が頭をよぎる。


『たくみー!』

止めていた時がぶわっと動き出す。
どのくらい固まってしまっていたのか、突然の声に今のこの瞬間に意識が戻ってくる。
私が来た道とは反対から2人の男の子がやって来た。

2人は桜の君と友達だったようで、3人で談笑しながら来た道を戻っていった。


あ、追いかけないと!
またしてもぼーっと見送ってしまいそうだったが私には迷子の才能があったのだと、慌てて桜の木の下を駆け抜ける。

彼らのあとを急いで追ったはずだったのだが、道を曲がると既に姿はなかった。
幸いにも目の前は校舎の入口で下駄箱が並んでいた。

良かった

ここまで来れば小さな校舎内で迷うことはないだろう。
胸を撫で下ろし一息つくと教室に向かった。