「あんなキスしておいて、今更そんなこというんだね」

あまりに唐突すぎて持っていたカバンを床に落とした。

政義さんはおかまいなしに私を囲うように壁に両手をついた。

逃げようとしても、政義さんが体で防いでいるので逃れられない。

政義さんは、私を見下ろし、恍惚な表情を浮かべている。


「まだ刺激が足りないのかな、むつみチャン。ボクもまだまだ刺激が欲しいところなんだけどね」


「やめてください。政義さんのことは、何にも思ってませんから」


「ボクらはいい関係になりつつあるんだよ。何を今更、かわい子ぶってるわけ? 政宗と正式に別れればボクと晴れて結ばれるんだ。ずっとむつみチャンはボクに愛されるんだ。こんな幸せなことはないんじゃないかな」


「だから、はじめのキスは間違いだったんです。ちゃんと政宗さんに説明しますから、お兄さん」


「お兄さん、だって?」


政義さんは私の言葉に目を吊り上げると、体を密着させ、キスしようと顔を近づけてきた。

可能な限り、顔を背け、抵抗した。

堪忍したのか、体を離し、壁についていた両手を離した。


「やめておくよ。隣の会社に迷惑かけたくないし。セクハラで訴えますみたいなこと言われても困るし。まだ時間はたっぷりあるんだ。むつみチャン、おもいっきり楽しもうよ。また来週ね」


体が離れたので、足元に落ちていたカバンを拾い上げ、逃げるように出入り口まで走り、そのまま外の廊下へ出た。