「真依子さん。息子を、どうかよろしくお願いします。」
「そ、そんなっ、頭を上げて下さい。」

ゆっくりと私に向かって頭を下げた聡一郎氏は、私が慌てて制止するのも聞かずに深々と礼をした後、どこか感傷的な眼差しで私に語りかけてきた。

「息子は、きっと強引にあなたを手に入れたのでしょう。あいつは表裏が激しいから、驚かれたんじゃありませんか?」
「いえ、そんな…」
「でも、あなたにとっては迷惑だったかもしれませんが、私はとても嬉しい。今まで、結婚どころか恋愛もまともに向き合ってこなかった征太郎が、自分で生涯を伴にする相手を見つけてきた。おそらく、息子のやっかいな性格の原因のほとんどは私にあるのでしょう。だから、親としてずっと責任を感じていたのです。」

穏やかな口調ながらも、まるで苦悩を告白するような内容に、安易に相槌を打っていいものか悩む。
私が困ったように微笑めば、聡一郎氏は、フッと小さく照れたような笑いを漏らした。

「すみません、つい余計な話をしました。でも、それほど嬉しかったのです。実は、初めに話を聞いたときは、もしかしたらまた息子が何か企んでいるのかと邪推したのですが。でも、今日、真依子さんにお会いしてそれは要らぬ心配だったと、分かりました。」
「えっと、どういうことですか?」

いえ、その推測正しいですよ。
とは言えないため、疑いが晴れるに至った理由を尋ねる。
なるべく平静を装っているが、心臓はドキドキと激しく脈打っていた。

「征太郎が、あなたを選んだ理由が分かるからです。」

何とも的を射ない答えが返ってきた。
どうせなら、その理由が知りたいところだ。
そう言えば、大川さんも似たようなことを言っていたことを思い出す。

「具体的に、どういう…」
「いや、それはお答えできません。おそらく、征太郎本人も気が付いていないでしょうから。」

聡一郎氏は、悪戯っぽく笑った。
その笑みは、征太郎のそれにとてもよく似ている。
やはり、この二人は親子だ。
だから、親子にしか分からない何かがあるのだろうと、勝手に納得した。