ハロー、マイファーストレディ!


母が、東京からも、母の実家からも遠く離れた場所で、県会議員の妻として第二の人生をスタートさせたことは知っていた。
家に出戻って居心地が悪かったのか、家が体裁を気にしたのか。どちらにせよ、母は過去ときっちりと決別する必要に迫られたのだろう。

母が嫁いだ本庄雅人(ほんじょうまさと)という男は、母とは10も歳が離れていた。一度離婚歴があったものの前妻との間に子供はなく、後に母との間に男女二人の子供を設けた。俺から見れば血の繋がった兄弟だが、互いの存在こそ知っていても、おそらく一生会うこともないのだろうと思っていた。
そして、同じく、過去と決別して新しい人生を歩んでいるこの母親にも。
俺は、この先絶対に会わないと、心に決めていたのだ。

それなのに。
目の前に突如現れた母は30年前、俺をあの家に置いて行ったことを、ひどく悔やんでいた。
何度も申し訳ないと泣いて謝る母に、俺は「過ぎたことだし、恨んではいない」と伝えた。実際に、母に対して恨む気持ちはほとんどない。それよりも、どうしてここに母が居るのかの方が気になった。

本題を促すと、母は涙をハンカチでぬぐいながら話し始めた。

「主人のところに、硴野先生から連絡があって……」

もう会うこともないと、母はいないも同然に思っていたため失念していたが、本庄が議員を務めている県は硴野の地元だ。しかも、二人とも同じ党の所属。地盤を共有する者同士、交流があるのは当然だろう。


「で、硴野は、何と言ってるんです?」

オブラートに包みながら話したのでは、時間がかかって仕方ないため、やや乱暴に話の先を促す。

「仮にも大先輩のことを、そんな呼び方で……」
「いいんですよ、奴も俺のことを後輩として可愛がろうとは到底思ってないでしょうから。俺は、奴が何のためにこんなことをしてるのか、早く知りたいだけです。何かを説得するように頼まれましたか?」

彼女の中では、俺は家を出た時の五歳児のままなのか。それとも、日頃マスコミと支援者の前で晒しているような爽やかな政界のプリンスのイメージなのか。
刺々しい言葉と、苛立った表情に、母は困惑しているようだった。