男の顔には覚えがあった。
というよりも、この男とは実は頻繁に顔を合わせる仲だ。
そして、その距離感は悲しいことに、この20年ほど変わってはいない。
「これは、長谷川さん。私の婚約者が何か粗相でも?」
気持ちが悪いくらいの笑顔で、極めて丁寧に挨拶代わりの嫌みを口に出せば、相手も心にもない台詞を並べる。
「高柳君、たまたま君の婚約者に出会ったから、少し話をしていただけだよ。噂通りの本当に素敵な女性だ。」
綺麗に整った顔でニコリと微笑む。くっきりとした二重の瞼がピクリと動いて、静かに俺を挑発していた。
長谷川巧己(はせがわたくみ)。
俺の地元に本社を構える、大手シューズメーカーの御曹司だ。
機能面だけでなくデザイン性を重視して開発された、子供向けのスニーカーが数年前から大ヒットしていて、このところ堅調に業績を伸ばしている。道行く子供の足下を見れば、ほぼもれなくハセガワというくらいだ。
俺とは違って甘い顔立ちの正統派のイケメンは、幼い頃は女児によく間違われたというが、今ではその顔を存分にビジネスに活かしているようで。
大ヒットを飛ばしているスニーカーの女性デザイナー(なかなか新規の仕事を受けないことで有名らしい)を口説き落としたのは、この男だという噂だ。
もっとも、その甘いマスクはプライベートの方が役立つのか、モデルや女優と浮き名を流したことは一度や二度ではない。
「長谷川さんにお褒めいただけるとは、光栄です。」
俺は負けじとニコリと笑い返したが、面倒くさくなったのか今度は真顔で言葉が返ってくる。
「いい加減、その堅苦しい言葉遣いは止めにしないか?君と僕は、同級生だ。しかも、もう随分と長い付き合いだろう?」



