「政界のシンデレラには、そろそろ社交界デビューでもしていただこうかな。」

透が鞄の中から白い封筒を取り出して、俺の前に差し出した。

「昨日、朝川先生の秘書からもらった。」
「派閥立ち上げパーティーか。」
「ああ。元々、無派閥議員の勉強会は、実質朝川派も同然だったから、まさに満を持してだな。」

朝川博信(あさかわひろのぶ)は、党内屈指の論客として知られる政治家だ。将来の財政破綻を危惧し、主張は緩やかだが堅実な改革路線で、俺の掲げる政策とも比較的近い。親父が現役時代に派閥内で目を掛けていた若手の一人で、旧知の仲だった。

「それで、俺に客寄せパンダになれと?」
「そう言うな。次の総裁選、誰に乗るのが得策かと聞かれれば、今のところ一番は朝川だ。もちろん、パーティーの参加が即派閥の所属になる訳じゃない。」

官僚出身で当選八回、ちょうど今年50歳を迎える中堅議員は総裁選出馬に向けて着々と足場を固めつつあるらしい。
派手なパフォーマンスは苦手で、見た目も地味だが、真面目な活動と土台のしっかりとした政策は党内随一だ。この先、手を組む相手として、検討の価値は大いにある。たとえ、今回の出馬は時期尚早だったとしても、ここで恩を売っておくのは悪くないはずだ。

「確かにな。まあ、顔を出しに行くとするか。」
「中に、直筆の手紙が入っていた。たまには会って話がしたいという内容と…」

テーブルに置かれた封筒を手に取り、中身を確認する。
中から招待状とともに出てきた、直筆の一筆箋に目を落とす。

「ぜひ婚約者様もご一緒に、か。」

透が口にする前に、俺は手元の文章を読み上げた。

「どうする?」
「つがいのパンダをご所望のようだな。」
「嫌なら、一人で行くまでだ。」
「いや、実力派の朝川センセイも、広報面は不安なんだろう。ここは、盛大に応援に駆けつけて、最大限に恩を売るとしよう。」
「じゃあ、そのように返事をしておくぞ。」
「ああ。真依子にちゃんと政治家の妻にふさわしいスーツを選ばせろよ。」

通常、政治資金集めのパーティーは殺伐としたもので、パートナーを同伴するケースは少ないのだが、今回は特別だ。
見えない水面下で、着実に総裁選の駆け引きは始まっていた。