手を洗って。
トイレの鏡で、口元も綺麗にして。
教室に戻った頃には…
君は席で自分の腕を枕のよう頭を乗せて。
ぼうっと、上を見つめていた。
「ただいまー」
「おかえり」
「ね。何してるの?」
「うん。朝が長くて…いいな、って考えてた。ほら、4時から起きてるから」
「ふーん。眠くない?こうしてると、寝る自信あるよ、私」
隣りの席に座って、私も同じように…天を仰ぐ。
「うーん。…短いな」
「ん?」
「朝。すんごい、短い」
早朝のワールドカップ。
偶然の、ひととき。
楽しい時間ってあっと言う間に過ぎるから。
もうすぐ、この時間は終わりを迎える。それを…寂しいと思ってしまったから。
天井をじっと見つめて…少しの間、無言が続いた。
窓の外からは、沢山の笑い声。
8時前…。もうすぐ、あともうちょっと。
まだら模様の天井。あまりにも見すぎて…ちょっと眠たくて、模様がうねうねと揺れてるように思えた。
「間宮くん、ねえ。虫がいる。ホラ、ずっと見てると、なんか、怖…」
天井を指さして、チラッと君に目をやる。
「あの模様、どこかで、いやいや、いつも?うーん。とにかく見たこといっぱいある」
「うん。トラバーチン模様、ね。」
「虎?ばーちん?ばーちゃん?え。何で知ってるの」
「ヨーロッパの高級石材をイメージして作られたんだって」
「虫食い…に見える」
「多分、色々な場所で見てるんじゃない?公共の建物とかで、よくあるヤツ」
「ああ。だから、なんとなく見たことあったんだ。」
「…今度は意識的に見てみたら面白いんじゃない?」
「いい。無理。一回イメージ固めちゃうと、それにしか見えなくなる現象が起きるもん」
「あー、うん。天井の木目とかね」
「そう、それ。目玉に見えたりね。ねえ、ちょっと思ったんだけど、虎?ばーちゃん?なんて何で知ってるの?見たことあっても知らない人ばかりだと思うんだけど」
「トラバーチンね。うん、ネットで観たばっかり。ばーちゃん、虎、って覚えてた。ヤバい、田迎と同じ考え」
「失礼な」
どうでもいいことを、
反発したり、認め合ったり、
好きなこと、好きなもの、
たったの1時間。
夢中になって…話した。
沢山笑った。
誰も知らない、昔の自分たちを懐かしんで、言葉にして、
ずっとどこかで繋がっている、そんな信頼と安心感があった。
ただの一日。
たったの1時間。
そんな時間は、呆気なく終わりを迎えた。
耳元で、バイブ音。
机に置いていたスマホが、LINEの通知を知らせていた。
ゆっくり上体を起こして、スマホに触れる。
本当は。
もっと…どうでもいい話を、他愛のない話題を、二人で笑い合っていたかった。
現実は…
もう、8時。時間は待ってくれない。
画面をタップして、メッセージを確認する。
「あ…。脩斗」
「シュート?」
君がくるり、とこっちを向いた。
「違う違う、LINEね。LINE、しゅうとから」
「…脩人?」
「うん。正月休みか時期ずらしたオフ日辺りに帰郷するからって」
「連絡とってたんだ」
「うーん、たまに。あ。ねえ、みんなに声かけてみようかな。もう、会えなくなるし。間宮くんは?会うでしょ?」
「選手権あるし、今は…」
「…そっか、うん。そうだよね」
会話は、そこで途切れた。
「もう、時間…。」
「うん」
「じゃあ、間宮くん。今日はありがとう。…またね」
「うん。部活で」
【楽しかったね】
【また二人で話したいね】って、伝えたかったのに。
言葉が出なかった。
君は視線はもう、窓の外へといっていて。
悔しいくらいに煌めく雪景色が…寝不足の目に刺さるようだった。
小さな頃の素直じゃない自分が。君が知っている私が、まるで踏みとどまらせているようだった。
高校時代。
君と二人きりで長く時間を過ごしたのは…
この日が最初で、
この日が最後だった。
トイレの鏡で、口元も綺麗にして。
教室に戻った頃には…
君は席で自分の腕を枕のよう頭を乗せて。
ぼうっと、上を見つめていた。
「ただいまー」
「おかえり」
「ね。何してるの?」
「うん。朝が長くて…いいな、って考えてた。ほら、4時から起きてるから」
「ふーん。眠くない?こうしてると、寝る自信あるよ、私」
隣りの席に座って、私も同じように…天を仰ぐ。
「うーん。…短いな」
「ん?」
「朝。すんごい、短い」
早朝のワールドカップ。
偶然の、ひととき。
楽しい時間ってあっと言う間に過ぎるから。
もうすぐ、この時間は終わりを迎える。それを…寂しいと思ってしまったから。
天井をじっと見つめて…少しの間、無言が続いた。
窓の外からは、沢山の笑い声。
8時前…。もうすぐ、あともうちょっと。
まだら模様の天井。あまりにも見すぎて…ちょっと眠たくて、模様がうねうねと揺れてるように思えた。
「間宮くん、ねえ。虫がいる。ホラ、ずっと見てると、なんか、怖…」
天井を指さして、チラッと君に目をやる。
「あの模様、どこかで、いやいや、いつも?うーん。とにかく見たこといっぱいある」
「うん。トラバーチン模様、ね。」
「虎?ばーちん?ばーちゃん?え。何で知ってるの」
「ヨーロッパの高級石材をイメージして作られたんだって」
「虫食い…に見える」
「多分、色々な場所で見てるんじゃない?公共の建物とかで、よくあるヤツ」
「ああ。だから、なんとなく見たことあったんだ。」
「…今度は意識的に見てみたら面白いんじゃない?」
「いい。無理。一回イメージ固めちゃうと、それにしか見えなくなる現象が起きるもん」
「あー、うん。天井の木目とかね」
「そう、それ。目玉に見えたりね。ねえ、ちょっと思ったんだけど、虎?ばーちゃん?なんて何で知ってるの?見たことあっても知らない人ばかりだと思うんだけど」
「トラバーチンね。うん、ネットで観たばっかり。ばーちゃん、虎、って覚えてた。ヤバい、田迎と同じ考え」
「失礼な」
どうでもいいことを、
反発したり、認め合ったり、
好きなこと、好きなもの、
たったの1時間。
夢中になって…話した。
沢山笑った。
誰も知らない、昔の自分たちを懐かしんで、言葉にして、
ずっとどこかで繋がっている、そんな信頼と安心感があった。
ただの一日。
たったの1時間。
そんな時間は、呆気なく終わりを迎えた。
耳元で、バイブ音。
机に置いていたスマホが、LINEの通知を知らせていた。
ゆっくり上体を起こして、スマホに触れる。
本当は。
もっと…どうでもいい話を、他愛のない話題を、二人で笑い合っていたかった。
現実は…
もう、8時。時間は待ってくれない。
画面をタップして、メッセージを確認する。
「あ…。脩斗」
「シュート?」
君がくるり、とこっちを向いた。
「違う違う、LINEね。LINE、しゅうとから」
「…脩人?」
「うん。正月休みか時期ずらしたオフ日辺りに帰郷するからって」
「連絡とってたんだ」
「うーん、たまに。あ。ねえ、みんなに声かけてみようかな。もう、会えなくなるし。間宮くんは?会うでしょ?」
「選手権あるし、今は…」
「…そっか、うん。そうだよね」
会話は、そこで途切れた。
「もう、時間…。」
「うん」
「じゃあ、間宮くん。今日はありがとう。…またね」
「うん。部活で」
【楽しかったね】
【また二人で話したいね】って、伝えたかったのに。
言葉が出なかった。
君は視線はもう、窓の外へといっていて。
悔しいくらいに煌めく雪景色が…寝不足の目に刺さるようだった。
小さな頃の素直じゃない自分が。君が知っている私が、まるで踏みとどまらせているようだった。
高校時代。
君と二人きりで長く時間を過ごしたのは…
この日が最初で、
この日が最後だった。

