一瞬、病室の中がシンッと静かになる。


空調の音だけが微かに鼓膜を揺るがす。


俺は結音の母親を直視することができず、クリーム色の床を見ていた。


「そう……」


母親は寂しそうにそう言い、そのまま部屋を出て行った。


バタンと音を立てて閉るドア。


その途端緊張が解けて、同時に涙があふれ出してきた。


「ごめん……ごめん……結音」


俺は二度と触れられないかもしれない結音の手を握りしめた。


母親が俺を責めないのは当然のことだった。


目覚めない娘と付き合っていても未来はない。


だから、母親は俺を責めなかった。


だけど……!


俺の隣を通り過ぎて病室を出る瞬間、「今までありがとう」と、小さな声で言うなんて、反則だ……。