──『烝ちゃん』
変わらぬ声が、笑顔が、俺を呼ぶ。
もう二度と聞くことのない声。
触れたいのに、触れたくない
そんな大切な記憶をゆるりと手繰り寄せれば、それは今も鮮やかに響く。
小さな頃から、よく林五郎を連れてうちに出入りしてた琴尾。
気が付いたらずっと傍にいた。
従姉妹で、幼馴染みで、妹のようで……
愛しい
俺の、たった一人の女や。
場に静寂が満ちる。
目を伏せる林五郎。
どう言葉を続けていいか分からぬ様子の夕美。
ぱちぱちと燃ゆる薪だけがこの狭い部屋に、微かな音を伝えていた。
そんな重苦しい空気を断ち切るように、俺は箸を動かし金平を口へと運ぶ。
「……ま、飯食いながらするよな話しでもないな。ほら早よ食うて出てってもらうで林五郎」
「あ、うん……って! 俺今から出てかなあかんのっ!?」
「当然や。俺と一緒にうちの『親方様』にきちんと挨拶しに行くんやから。せやから夕美」
「は、はいっ」
顔を向ければ、浮いたのではないかと思える程にびくっと肩を揺らした夕美。
「先に寝とってな」
にこりと笑いかけ、俺はなんでもないように、残りの夕餉を腹へとかき込んでいった。


