月が高くに浮かんだ夜。


カタカタと障子を鳴らす夜風だけが静かな屯所を抜けていく。


温度を、奪っていく。


人間らしい温もりも、もう此処にはないのかもしれない。


すぐ隣で火鉢が柔らかな熱を放っているのに、身体は時折思い出したようにぶるりと震える。


重みが増した腹の底をざらりとした何かが撫で回し、秤を揺らす。



……偉そうに言うた癖にな。


差し迫る現実を直視しようとすればする程迷いが生まれた。


守りたいと、求める程に人の道から遠ざかっていく気がするのは気の所為なのか。


確かに傍にあった筈のあのお方の背が、こんなにも遠く感じる。


障子越しに差し込む白い月明かりが酷く美しくて。


「……はぁ」


その澄んだ色から逃げるように、そっと目を閉じた。



……いっそ、あの時のまんまやったら……。


また違ったのかもしれない。


あの冬、夕美に出会っていなければ、俺はこんなにも弱くならずにいられたのか──


そこまで考えて。


俺はもたげた頭をゴン、と後ろの壁へと打ち付けた。


否、そうやない、そうや……ないんや。


ぎゅっと、奥歯を噛む。


例え一瞬でも責任転嫁しそうになった己が腹立たしい。


市村くんに偉そに言うてこん様はなんやねん阿呆。


弱いんも、決めたんも、決めるんも……全部、俺や。



そう己を奮い立たした直後、遠くが俄に騒がしくなった。


出番、か。


大丈夫──最後に言われたその言葉をそっと繰り返して。


近付いてくる騒がしい足音を出迎える為に腰をあげた。