風の凪いだ夏の夕暮れ。


仄かに橙色をした西日の光が屯所の縁側を染めている。


飯を終え、日の温もりを移した板の上を自室へと向かい、ただ歩くという本能のままに足を動かす。


蜩(ヒグラシ)の声を遠くに聞きながらも、頭を占めるのはあの事。


任務中はかろうじてそっちに意識が向いたが、終わってしまえば答えのない問いをまた延々と繰り返す己が顔を出した。


込み上げる感情に行き場のない想いが胸中を掻き乱す。


歯痒くて、息苦しくて、痛い。


逢魔が刻、そう名付けられた言葉の如く、柱から伸びた黒い影には魑魅魍魎が蠢いている気さえした。


ひたひたと忍び寄る闇が──





「お兄!」


グイッと肩を引かれて。


そんな妙な想像から俺を現(ウツツ)に呼び戻したのは、がなるような林五郎の声だった。


「り、ん」


突然の登場に思わず瞠目して言葉が途切れる。


こいつの気配に気が付けなかったのは四年前のあの春以来だ。



「夕美が戻ってへんってどーゆーことやねん!? 自分昨日会(オ)うとったんやろ!?」



あいつはもうどこにもおらん。


そう頭で返した途端、再び息苦しさに眉が寄った。


勿論そんな事は他の誰にも言える訳がない。


故に昨日は暫く隠れ屋にいたあと、俺はそのまま屯所に戻った。


今朝になって藤田屋の人間が訪ねて来たが、嘘をでっち上げるより知らないふりをする方が精神的にもよっぽど楽。


送らずに別れ、その後行方不明──それは今の京ならあり得ない話ではないから。


「なんで送らへんかってん! なんかあったらって思わんかったんか!?」


そう思われるのは承知の上で。