「あ、阿呆や阿呆」


にたにたと嫌味に顔を歪ませ、会う度俺を笑うのは我が愚弟、もとい義弟。


「……煩い」


そんなん俺が一番わかっとるわい。


あの雪の日から数日。


夜間に会うのは藤田屋の主人に禁止されてしまった今、俺は未だ夕美と顔を合わせられずにいる。


そろそろ話を、と思っても互いに仕事のある身。


夕美との仲を知られた以上、流石に以前のように様子を見にという理由で顔を出すのも憚られる為、休みを合わせるしか手はないのだが。


亡き嫁の名で呼ばれたあいつの気持ちを考えると、やはり俺から筆を取るのも気が引けて。


未だに進展は、なし。


「……はぁ」


そろそろ俺の幸せは底をつきそうだ。


他人事や思てからに……。


八つ当たりに近い視線をキッと投げ付けて、その横を通り過ぎる。


「ほんま言うとや、俺はちょい安心してん」


だが数歩歩いたところで聞こえた言葉に足を止めた。


……何でやねん。


またちゃかしてきたのかと眉をひそめて振り返れば、珍しく真っ直ぐな視線がこちらを向いている。


それに面食らって僅かに目を見開いた時、緩やかに弧を描いたその唇がゆっくりと開いた。



「だって、お姉のことすっかり忘れてるようやったらそれはそれでまた腹立つやん?」


途端に少しはにかんだように弛められた表情になった林五郎は紛れもなくあいつの弟で。


俺の、弟だ。