はっとした時にはもう遅く。


複雑に揺れた眼が俺を見つめていた。


っ、阿呆!


「すまん、今のはっ」

「良いんです、仕方ないですもん」


奥にあるものを抑え込むように無理矢理笑みを作った夕美がまた酷く痛々しい。


決して重ねて見ていた訳じゃない。


二人での空気が馴染み過ぎて、長く身に染み付いた記憶が無意識にほろりと零れただけだ。


が、よりによって名を間違えるという間抜けな自分に心底腹が立つ。


「すまん、自分とおるんがあまりに普通でその、つい」

「……わかってます」


言い訳だと思いつつも言わずにはいられなくて。


消え入りそうな声音を発し俯いた夕美に一歩近寄ろうとした時、差し出されたその小さく荒れた手が俺の足を止めた。


再び上げられた顔が泣いていないことに少しだけ安心したのも束の間。


「……わかってますけどごめんなさい、今日は此処でいいです」


苦笑いで眉を下げたその顔に、言葉が詰まった。


「……ゆ」

「ごめんなさい、ほんと、怒ってる訳じゃないんです。でも今日は……ごめんなさい」


そっと俺の手を押し返す夕美は怒っているようでもなく、拗ねているようでもなく。


只々寂しそうで、辛そうで。


寧ろ怒ってくれた方が幾らかマシだ。


けれどその頑なな様子にこれ以上何を言い訳すれば良いのか。



「……夕美」

「今日も楽しかったです。じゃあ……また」


にこりと笑って横を通り過ぎた夕美の気配が足早に遠ざかるのをただ背に感じて。


暫しの間固まったあと、俺は勢いよく目を覆った。




「阿呆っ」