しかし今の夕美の言葉で思い出したのはとある男の名。


……あいつか。


京で会う約束をしていたという『つとむちゃん』。


気になるというのは、俺が夕美を見つけるきっかけにもなったその男で恐らく間違いないだろう。


せやなかったらあんな時に名ぁとか呼ばんやろしな。



「やっ、別に好きだったとかそんなんじゃないですよ?」

「ん。それよかほら、折角やし先いただこや」


気を遣ってか、俺を窺い見る夕美ににこりと笑ってその手元にある菓子を見やる。


浮かんだ疑問は心の奥に押し込めた。





『もし此処に来なければ』

『いつか元の場所に帰れば』


これの隣に立つんはそいつなんやろか──





それは、きっと考えてはいけないことだから。


「どっちにするん?」


少々強引に話を進めれば夕美も皿に視線を落とす。


「あ、えっと、じゃー今日の烝さんは傷が髭っぽいんで兎で!」

「……兎の髭はこない急降下してへんけどな」

「ふふっ、見慣れたら結構可愛いですよー」

「ほな見慣れる前はなんやってん」


軽い会話が心地良かった。


『もしも』をいくら考えてもそれは結局『もしも』に過ぎない。


今これは此処におる、それでええやんか──




「……え、一口?」

「……んふふふふ?」


駄目でした?、かな。