「前から気になっとってんけどお兄のそこ、どないなってんねん?」


滑り落ちるように消えたお天道様の代わりに空に輝く月の柔らかな光の下、猪口を傾け林五郎が問う。


そこ、と目線が指すのは徳利が入っていた俺の懐。


帰り道に買ったそれに、勝手場から拝借した猪口が両の袂に一つずつ。


身軽な一部の人間しか知らない特等席で、俺達は月見酒を酌み交わしていた。


「んーよじげんぽけっと?」

「……何それ」

「さぁ、なんやろ?」

「……聞いた俺が阿呆やったわ」


乾いた笑いを溢し林五郎が町並みへと視線を移す。


普段通りの会話を交わしながらもどことなくよそよそしい空気が漂うのは仕方ないことかもしれない。


温い風が俺達の髪を靡かせ通り過ぎていく。


短い静寂が流れて。遠くを見つめたままそいつは言った。



「忘れたら、許さへんで」



それは多分、複雑な想いの根底にあるものなのだろう。


当然だ、二人は確かに血を分けた姉弟なのだから。



「忘れへんよ」



あれがいたから今の俺がおる。あれがいたから今の林五郎がおる。あれを知る存在が生きとる限り、あれはそこに在り続ける。やから、



「忘れへん」



念を押してきたそいつに俺もまた重ねて断言する。



「せやさかい」

「あー! なんや夕美も見る目あらへんなぁーこない未練がましい男好いたかて碌なことあらへんのに」