ハッと辺りを見回しても湿った河原には誰もいない。


……。


恐らく橋の上での誰かの話し声が聞こえただけなのだろう。


……阿呆や、ちょいと感傷に浸り過ぎたな。仕事に戻ろか。


小さく自嘲し、背伸びをしながら立ち上がった。




「……ん?」


すぐ側に架かる橋の細い橋脚、荒々しく飛沫が上がるそこに一瞬見えた黒い物。


気のせいか? と思いつつ目を凝らせば。


「人かっ!?」


必死に掴まっているであろうその人間は波間に見え隠れし、今にも水の勢いに流されそうだ。


もしかしてさっきの……!?


名前を呼ばれた気がした。


有り得ない、そうは頭で理解しても、あの声と同じように聞こえたそれはまだ耳の奥に残っていて……。


助けんと!


見捨てるなんて出来なかった。


どうする? 助けるっても素直には飛び込めん、この流れやと俺まで道連れや。縄投げても向こうさんが橋脚から手ぇ離した瞬間即流されて終了やな。


……あかん、考えてる暇ないっ。


幸い、岸から然程遠くない。


懐から捕縛用の縄と襷を取り出すと固く繋ぎ合わせ、岸の橋脚へとこれまた固く結ぶ。


そしてそれを己の腰へとしっかりくくりつけた。


一か八かや!これであかんかったら諦めて成仏してくれ……っ!


俺は助走をつけると渾身の力を込めて地を蹴った。