刹那、頭に過ったのはそんな言葉で。
何故かこの先は聞いてはならないような感覚に襲われた。
ただ夕美の唇を見つめ、それが紡ぐ言葉を恐る恐る待つ。
とくりとくりと己の体が脈打つのをいやに生々しく感じながら瞬きすら忘れ、どれ程の刻をその場に固まっていたのだろうか。
いやに長く感じたそれは、実際のところほんの一瞬だったのかもしれない。
最早刻の経つ感覚すらよくわからなくなった俺の視線の先で、そいつはきつく唇を噛み締めた。
そして、
「ごめ……なさいっ、やっぱりなんでもないですっ」
少しばかり声を荒らげて、持ち上げた腕にさっと顔を隠した。
「……ぁ」
まるで拘束が解けたように喉の奥から小さな声が漏れる。
……なんか、言わんと。
「ゆ」
「ごめんなさいっ、今日は一人で帰ります! ……ごめんなさいっ」
朧がかった頭でその名を発しようと口を開いた瞬間、それは弾かれたようにくるりと身を翻した。
地から離れぬ足。
反射的に出た手は暫し宙をさ迷い、冷えた空気を掴む。
甘い残り香だけが漂う路地で、俺は人々が行き交う日の差した通りを見つめ、行き場のなくした手で口許を覆った。
「……はぁ」


