琴尾? ……なんや突然。
今までは気ぃつこてかあんま聞いてこんかったのに。
そいつの口から琴尾の話が出たことに少々違和感を覚えながらも、特段隠すことでもないその記憶を辿る。
「まぁ、そらちっさい頃はな。おっきなってからはあんまなかったなぁ」
一応そのへんは普通の女子程度には慎ましかったし。断然林五郎の方が飯粒つけとるの多かったもん。……あえてその名は出さんけどや。
まぁこいつも最近はちいっとばかし気ぃつけとるっぽいけどな。
ぽりぽりと頬を掻きつつ夕美を見る。
複雑に瞳の奥を揺らし、さっと視線を泳がせたそいつは何かを堪えているようにも見えた。
また急にどないしたんや?
甘味処にいた時とも少し違うその空気に些か狼狽え、再び妙な緊張が俺を襲う。
時刻は八つ刻を過ぎ、西へと傾きかけた日。
両側にそびえる長屋に日差しを遮られた細い路地は仄かに薄暗く、賑やかな大通りとは明らかに異なった様相を呈している。
目の前に立つ見知った女子が、どこか別人のような気配を纏うのもその所為なのだろうか──
「……烝さんは」
そんな不可思議な感覚にごくりと唾を飲み込んだ時、それは漸く言葉を紡いだ。
「その、まだ、奥さんのこと……」
俯き、ぽそりぽそりと呟かれる言葉に心の臓が大きく脈打つ。
──あかん


