『お姉も……も』
口の中でぼそりと呟かれた林五郎の言葉は、ちゃんとした音にはなっておらず、俺も耳では拾えなかった。
でも、その口の僅かな動きはこの目で捉えていた訳で。
あいつは確かに一度唇を閉じた。そないな発音するんは限られとる。
話の流れからして考えられるんは、一つ。
──ゆみ
畳の縁を見据えて、その名の人物を思い浮かべると俺はふるりと首を振った。
「……まさか、な」
ないない、だって『おじさん』やで? 『おじさん』。俺結構傷付いてんから……てそーやなくて。
歳かてそれなりに離れとるし、情けない俺ばっか見せとる気ぃするし、女装は見られとるし。
どうせまた林五郎の勝手な勘違いやと思うけど。
それに、あれは違う流れに生きとる人間。それはあいつ自身がようわかっとる筈や。
あいつはいずれ先の世に帰る。帰らなあかん。
こっからはおらんくなるんや。
膏薬や襷を片付けながら、改めて気が付いた事実にふと手を止める。
「おらんく……なるんか」
胸を通り過ぎた一抹の寂しさはあれのひたむきな笑顔に救われ続けていたから。
それが近くにあることに慣れていたから。
……妹、やもんな。
そんな自分に小さく笑みを溢して行李の蓋を閉めると漸く立ち上がる。
そう考えたら林五郎にも報われん想いさしとるんかもしれんなぁ。
なんて思いながら、俺は部屋をあとにした。


