用意を終えた琴尾が奥から顔を覗かせる。
その視線は俺でないもう一人の人間に向けられていた。
「……なんや心配やわぁ。りーちゃんほんまに大丈夫?」
昨夜からうちに泊まりに来ている林五郎に。
「へーきやへーき! お兄の仕事はお兄がやるし、お姉は気にせんとのんびりしてきぃや」
「阿呆か、何の為にわざわざ泊まりで飯食わしたった思てんねん。しっか働いてもらうさかいな」
「痛っ!? ちょ! お兄はすぐしばき過ぎやねん! 俺ん頭は毬やないでっ」
「もーお前ええから早よあっち行って」
しっしと邪魔な義弟を追い払い。
改めて琴尾に向き直ると、それは軽く握った手を口許にやって、くすくすと楽しそうに目を細めていた。
そんな笑顔につい俺までつられてしまう。
「ほなまぁごめんやけど行ってくんね」
「何言うてんねん、いつも手つどうてもろてんのは俺やで? 中々暇とらしてやれんとすまんな。まぁ、今日はのんびりしてきぃ。あいつも小間使いにゃなるやろ」
「……ん、おおきに。ほな行くね烝ちゃん」
「ん、気ぃつけてな」
嬉しそうに、出掛けることを心底楽しみにしているかのように、そいつは笑って出ていった。
それを見て『たまには休ませたらなな』なんて思ったもんや。
『どこ行くん?』て聞いても『帰ったら言うわ』なんて照れたように笑うから、俺はあんま深く追及せんかった。
帰ってきてからのお楽しみやなって、信じとったから。
まさかそれが琴尾と言葉を、笑みを交わす最後になるなんて……思ってへんかったから。


