──だが、そう思ってはみても現実は中々簡単にはいかないもの。
一日一日とその日が近づいて来る度に、心は細波がたつようにざわざわと落ち着かなくて。
想像はしていたものの、初めて迎えるその日と言うものは思っていた以上に胸を抉るものだと改めて実感した。
刻は止まってはくれない。
月が刻一刻と満ちていくように、その日は確かに迫ってくるのだ。
すっかり話し声も聞こえなくなった夜の屯所。
星々だけが瞬きながら碁盤の町を見下ろしている。
そんな静寂に包まれた闇夜の中で、そのお方の部屋だけはやはりいつもの如く、仄かな行灯の光が細やかに震えていた。
肩にかかる程の髪を低い位置で無造作にひっつめた副長の背に、俺は頭を下げた。
「すみません、一日屯所を空けますが……」
「気にするな、明日は非番なんだ。明後日の朝稽古に間に合えばそれで構わねぇよ」
シュッ、シュッと墨をするそのお方は何も触れない。
何でもないように非番を与えてくださり、当たり前のように外泊まで許してくださった。
明日、初めて副長と出会ってから丁度一年が経つ。
そして……琴尾が死んでからも同じく一年だ。
覚えていて頂けたことも、その温かなお心遣いも、身に染み入る。
「これ以上用がないならさっさと出てけ、俺は忙しいんだ」
「……はい。すみません、では宜しくお願い致します」
そんなお優しい我が主に再び頭を下げ副長室をあとにすると、俺は下坂する為に一人鳥羽街道へと足を向けた。


