その声に、記憶の海に沈みかけていた意識が浮き上がる。
途端に暖かな春風が頬を撫でていくのを感じて。
はっと視線を落とせば、沖田くんがきょとんとした様子で俺を見ていた。
「あ……すみません、少し、桜に魅入られてしまったようです」
自分でもわかるくらい、貼り付けた笑みは頼りないものだと思う。
まさに苦笑いだ。
ぽりぽりと頭を掻く俺に、何故か沖田くんは人差し指を口に添えて妖しく微笑む。
「……桜には妖(アヤカシ)が棲んでいると言いますからね。子供は迂闊に近寄らない方が良いですよ? さぁ、行きましょう」
冗談を交えてさらりと流す沖田くんは、普段からは想像出来ない程に大人だ。
素直に嬉しい。
再び歩き出したその人について、俺もその場をあとにした。
「春といっても私は断然花より団子です! ぼた餅、草餅、桜餅に花見団子! 最高ですよねー秋のお月見もいいですけどやはり春の方が菓子の彩りも綺麗で嬉しくなりません?」
「確かに視覚は大事だと思いますよ。京菓子は五感で味わうものとも言われていますから」
「へー! やはりお詳しいですね! でも五感でって、耳はどうするんでしょう?」
「菓子の銘を聞くんですよ」
「んーその楽しみ方は私には出来ませんねぇ……あ! 出来まへんっ!」
「お、早速ですね。良く出来ましたーパチパチパチ」
「もーまた子供扱いしましたね!」
ぷっくりと頬を膨らませる沖田くんに心が軽くなる。
例えいつまでも疼く傷痕だとしても、俺は進むしかない。
大丈夫。
こうして共に歩く人がいて、帰るべき場所があると言うことだけで、俺はきっと救われているのだ。


