それから、結局おとんに会うことはなかった。
まぁ屋根裏の隅にでも隠れているか、うちを抜け出て何処ぞの居酒屋で酒でも飲んでいるんだろう。
伝えたいことは伝えたのだからあえて探すことはない。
きっとおとんも同じように思ってる筈だ。
例えこれが長の別れになろうとも、そのくらいの覚悟は決めているのだろう。
それが、乱破として俺を送り出すということなのだから。
「ほな行くわ」
わざわざ表にまで見送りに出てきてくれた二人に向き直る。
「まだまだ寒いんやし、体に気ぃつけるんよ? よう寝てよう食べて! もっと肉付けんとしっかり働かれへんよ!」
「はいはい、大丈夫やから」
「はいは一回!」
「はい」
おとんとは対称的に別れ際のおかんはいつも口うるさい。
まぁ母親ちゅうんはそういうもんなんかしれんけど。
「ほなお兄、あとはよろしゅうな」
「おう。お前もヘマせんようにな」
「誰に言うとんねん」
「お前やお前」
「頭を触んな頭をっ。ほなもー行くで」
頭を混ぜくるお兄の手を振り払うと俺は漸く二人に背を向けようとしたのだが。
「烝」
不意に呼ばれた名に、動きを止める。
「その名に、誇りを持つんよ」
柔和な笑みで真っ直ぐに俺を捉えるおかんの瞳に込み上げる何かをひた隠し、俺もまた笑顔で返した。
「はい」
烝、人を助ける、人に貢献するとの意味を持つこの名。
元服の時におとんがつけてくれた名。
この名に負けんように生きてみせる。
大丈夫、俺には温かく背を押してくれる人がようさんいてる。
おとん、おかん、お兄。それに琴尾のおっちゃんにおばちゃんも。
皆、あったか過ぎて、何か胸が苦しいわ。
俺は弱いから、此処に来るまではまさかこんな気持ちで帰れるなんて思てへんかった。
負い目にただ足がすくむだけやった。
……なぁ、琴尾。
お前を守れんかった俺が言うんもなんやろけど、俺一人に守れるもんは高がしれとるかもしれんけど……
俺、頑張るわ。


