「この記憶の本はどなた様にもお売りすることは出来ないのです」
実際には店から出たとたんに消えてしまうのだが、そこは省く。龍臣のキッパリとした言い方に井原はシュンと項垂れた。
「店長さんは意地悪ですね。この前は記憶の本なんて知らないとおっしゃった」
恨みごとのように呟かれ、龍臣は苦笑した。
「ええ。知りませんよ、西原さんの記憶の本なんてものは」
「……そういうことか」
井原は呆れたように苦笑した。
「あの後、あなたの記憶の本が出てきたのです。あなたはいずれ来るだろうと思っていました」
「西原ではなく?」
「ええ。どうやら、過去にこだわっているのはあなたのようですから」
そう言って龍臣は手で奥のソファーを指して、座るよう促す。
井原は大人しくソファーに腰かけた。
「この本はお売りすることは出来ませんが、ここで見ることは出来ます」
「見る……? やり直すではなく?」
「残念ながら、過去はやり直せません。記憶堂の本はやり直したい過去へ行き、選ばなかったもう一つの選択肢である過去を見ることが出来ます」
龍臣の説明に井原はただポカンと口を空いている。
求めて来たくせに、記憶の本については詳しく知らなかったようだ。ただ、過去がやり直せる記憶の本という物があるらしいということしか聞いていないのだろう。
大抵の人は鼻で笑うファンタジックな噂だと相手にしないのであろう。
「見るだけ……。ただ見るだけですか」
「ええ、見るだけです。あなたの通ってきたその過去は何一つ変えることは出来ません。それでも構いませんか?」
「つまり、過去は変えられないんですね?」



