勘違いするなと自分にそう言い聞かせれば、その分だけ、春菊の小さな胸が締め付けられ、痛んだ。

 穏やかな朝の光が、春菊の貧弱な身体を包み込むのに、それでも全く清々しい気持ちにはなれず、目からは涙が溢れてくる。

 春菊はとうとう耐えられなくなり、泣き声を殺して泣いた。シミがつくからいけないと思いつつ、それでも、大好きな彼を想うと、涙が止まらない。



「うっ、ふぅっ……匡也さん……。匡也さん……」

 何回、彼の名を呼んでも、けっして姿を現さないのは知っている。彼はとても腕が立つことで有名な医師で、しかも近々お嫁さんをもらって身を固める。こんな子供を相手にしている暇はない。

 それに、ここは広い屋敷の中だ。こんな小さな声で彼の名を呼んでも、けっして春菊の声は聞こえない。
 なにせ、この部屋から匡也の部屋に行こうとするならば、麩(ふすま)を三つも開けなければいけないのだから……。