春菊は何も考えられないまま彼の首に腕を回し、与えられた唇の感触にうっとりと目を閉じた。
口づけの熱にうっとりしていたから、春菊は谷嶋に抱きかかえられ、屋敷に戻ってきたことを気づけずにいた。
気がつけば、濡れた身体は布で包まれ、明かりに照らされた座敷に座らされていた。
冷たい川の水を滴らせた春菊の艶やかな黒髪を、谷嶋は布で丁寧に拭っていく……。
彼は、ほうっと静かなため息をついた。熱を帯びた、ため息が、春菊のうなじを撫でる。
春菊は、愛おしい谷嶋に心の内すべてを知られ、羞恥に襲われた。
濡れた着物ごと、自分が隠れるよう、布を巻きつけ、朱に染まった顔を伏せる。
谷嶋はそんな初々しい春菊に心奪われた。
「春菊、俺が君を奪わなかったのは君の身体を思っていたからだよ?」
谷嶋は愛おしそうにそう言うと、長い黒髪を梳(す)く。



