そうして胸のあたりまで沈んだその時だった。
「春菊!!」
自分の名を呼ぶ愛おしい男性の声が聞こえたのは気のせいだろう。なにせ彼は自分がいなくなったことを知らないのだ。
(絶対、彼の声なんかじゃない!!)
春菊は自分の考えを否定するとさらに身を沈ませようと力を抜いた時だ。力強い腕を感じたかと思えば、春菊の身体が水面から引き上げられた。
見上げれば、そこには幻聴だと思ったその人の姿がある。
「いやぁ、離してっ、離してっ!! お願い死なせてぇぇっ!!」
春菊は必死に身体をひねり、自分の腰に巻きついているたくましい腕から逃れようともがく。
だが、まだ病み上がりの春菊には健康な彼の腕を振りほどくことは困難で、だからすぐに川から引きずり出された。
(私は死ぬことも許されないの?)
川のほとりに倒され、春菊は絶望に暮れる。
「貴女は何を考えているんです、春菊!? 」



