耳をつんざくような悲鳴。
胸やけのするような肉や油のやける臭い。
あたりに溢れる邪悪な魔力。



突然だった。
僕の幸せな毎日は、ある日突然終わった。



僕がそこで何を見たのか、どうして今ここにいるのか、よく分からない。しかし気が付いたらここにいた。



さっきまで周りを取り巻いていた地獄のようなにおいは消え、薔薇の澄んだ香りが一面にたちこめていた。トゲがあちこちに刺さっているようだが、既に血まみれの自分には、どこがあたらしい傷かなんて分からなかった。



ただ、無性に寒く、悲しく、寂しかった。全てから逃げるように僕は深い眠りに沈もうとした。





つん。






ふいに頬に何かが触れる感触がした。僕は構わず眠ろうとする。





つん、つん。




それは執拗に僕の頬をつつき、寝かせてはくれない。…うっとうしい。





「妖精さん、妖精さん。起きて?」
鈴のような可愛らしい声がする。僕はけだるげに瞼を持ち上げる。




「あ!妖精さんが起きた!!」そこにいたのは女の子だった。黒髪に赤い瞳の女の子。不思議そうに僕の顔を覗き込んでくる。



「あなた妖精さんでしょう?いきなり薔薇のお花畑の中に現れたんだもん、わたしびっくりしちゃった。」




僕は目をぱちくりさせるしかなかった。妖精さんはむしろ君の方だと思ったからだ。
瞳は宝石のように美しかったし、笑顔は愛らしく、内側から発光しているみたいだった。…僕はきっと死んだに違いない。ここは天国だろうか?




死んだ割に、まだまだ重い体をゆっくりとおこしてみる。「痛っ。」わき腹に鋭い痛みが走り、ぐっと手で押さえる。血が流れ続けているのを感じた。




少女も気付いたようで目を開く。「きゃ!!妖精さんひどいおケガ!手当てしないと!」僕の傷口を見る少女の目から涙がこぼれだす。まるで自分が痛みを感じているように。




「なぜ君が泣く…?」僕は少し驚く。




「妖精さん、もう大丈夫だよ…私が治すからね…いたいのいたいのとんでいけ…」少女は僕の傷口に小さなてのひらをかざし、おまじないを唱える。と同時に、瞳に赤く揺れる炎が宿る。




温かい光に包まれ、僕は目を開ける。すると僕の傷はすっかりふさがり、美しい白い肌が戻っていた。




「よかった…」少女は安心した表情を浮かべながらも、まだ泣き続けていた。




「…君は…?」僕は妖精のような少女に手を伸ばしてみる。





その時、バタバタと数人の足音が聞こえた。
「あっちだ!あっちからジュリエット様の魔力を感じたぞ!!姫―!?どちらですかー??」少女は驚いたように振り返り、泣きながらその声に向かって駆け出した。





「デイヴィス!妖精さんが!早く助けないと妖精さんが…」少女が自分から離れると僕はまた急に眠くなった。



そして今度こそ、まっすぐ深い眠りに沈んだ。